ざつだん

私の30周年宝塚の100周年

投稿日:2014年2月14日 更新日:

全くもって個人的なことしか書かないこのブログでさらに個人的なことこの上ないお話ですが。
先日2014年2月5日に宝塚歌劇観劇歴30週年を無事迎えることが出来ました。

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無事?だったのかは正直疑問なのですが、実際この日を生きて迎えることはできないと諦めたことが何度もあり、またこの日を迎えるのが何故か怖くもありました。

ちなみに30年前に観たのは「うたかたの恋」「ハッピーエンド物語」雪組中日劇場公演でした。
昨年全国ツアーで再演があったのでほぼ30年ぶりにうたかたの恋詣でしました。
宝塚宙組全国ツアーうたかたの恋
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ヅカヲタ生態を描いたマンガzucca×zucaに今になってターコさん(麻実れい、初演のルドルフ)を好きになってしまった女性の話が出てきますが、ターコさんってやっぱり特別…
ちなみに私うたかたの恋の次に観たのが遥くららのサヨナラ公演になった風と共に去りぬ(雪組大劇場)で、なんかもうコスチュームモノって10代だけどティーンじゃないころに衝撃でした。美しかった。いみわからなかった(苦笑)
その後中学生になり歴史年表にルドルフを探し(^^;世界地図にマイエルリンクを探し…

さて、そんな私がなんで宝塚を観ることになったかと言う話を改めて書きます。
いろいろ話はあちこち行くのですが。

そういう家系といえばそうなる

まず、私の祖母(概ね名古屋出身で大阪で嫁ぎ私の父が大学に上る前に亡くなっているので彼女のことを私は知りません)が宝塚のファンでした、ご贔屓は春日野八千代先生だと聞いています。
なんで名古屋にいた祖母が宝塚?と言う疑問は父が後日祖母が若い頃にちょうど御園座での公演を宝塚が行っていたことを調べあてました。
そしてその祖母の娘、つまりわたしのおばは割りとおとなしめにしかしずっと娘時代から宝塚ファンでした。
まぁ大阪のお嬢さん(だったんです)としてはポピュラーな趣味でしょう。
そんな環境で父は育ちました。

…まぁ父もそこそこ歌劇を観ていたということです。
ざるそばとソフトクリームをはじめて食べたのは今はなき宝塚ファミリーランドだったと聞いたことがあります。

父の仕事がちょっと特殊

そんな父がおとなになって新聞社に勤めました、名古屋でです。
またよりによって芸能の部署に配属されていました。

そんな時期におばから「名古屋出身で新人公演で活躍してる生徒がいる」と聞きつけました。
後にトップスターになる一路真輝のことです。

父は上司とともに取材に行き記事が掲載され、さて2月に名古屋で公演だけど娘にも観せておくか

多分それだけの事だったんです
ホント 多分それだけ
そのそれだけな観劇でどっぷりとハマってしまい
知恵熱出して翌日学校を休み(苦笑)

親ばかな父は
「だったら大劇場行ってみるか?おばさまに連れて行ってもらえ」
で大劇場デビュー
交通費からチケット代から宿泊(って当時大阪に住んでたおばの家ですが)までぜんぶついてポン!

環境が恵まれていました。
チケットを用意しやすい環境に父が居て、古い宝塚の知識をおばから授かり(しかも昭和ベルばらとかプログラムたくさんもらっちゃった)

とは言え大劇場なんてしょっちゅう…
いやその次の正月「一路万輝がヒロイン演る」ってのでまた行きましたが(苦笑)

最初の大劇場のタイミングで宝塚が70周年という華やかな時を迎えていて
関西ローカルであろう記念番組も名古屋では放送されて

でもまぁ所詮田舎のファンでして

短い上演期間の名古屋公演に毎回観劇に行けるわけでもなく
高校も大学も受験したのでその時期はさすがに観てないし

しかーも実はその間ずっと父は一年おきに入院を繰り返していた。
それでも念願かなっての一路真輝トップ期間は父とその喜びを共有できたし

父、娘のご贔屓に不満?

実はそんな頃…まぁ時期は多少ずれているかもしれないけど
「たけくらべ」が愛知県勤労会館で上演されてた時です。
家でるんるんプログラムを眺めていた私に父が聞きました

「お前 一路以外で誰のファンやねん?」
「んー箙かおるさんとか」

「はぁ?」

「そこに座れ」
「いいか、お前のおばさまは春日野八千代の大ファンだった、そりゃもう家の根田が傾くぐらい」
「おまえのおばさまはその頃はもう傾く家もなかったけど寿美花代のファンだった」
「なのになんでお前は…」

え?え?飽きませんか?
ミーハー的なファンじゃなくていいじゃないですか。
ってか貴方箙かおるさんと言った瞬間どの生徒か完全に把握してましたよね?
いくらお仕事でも(ヒドイとヒロインの生徒が誰だかわからないくせに)ちゃんと知ってましたよね?

スミマセン ちょっとこのへん検索とかで拾われるのも余り好ましくないので引用としてm(_ _)m

まぁねぇいろいろ謎の多い会話だったんだけど
結局父は一路真輝の退団を待ってから…でも王様と私の名古屋公演はまたずに逝ってしまったのですが。
一路真輝退団までの私の宝塚との関わりというのはそのまま父との関わり方だった気がします。
なのに
今考えると母と並んで宝塚を観たことは何度もあるのに、父と並んで宝塚をみることはついにいちどもありませんでした。
お互い観ているのを知らず出口でばったりは一度か二度ありましたがw

なんか結局宝塚との30年の話のはずが父の話なんですよ思い出すのが。

パソ通、そしてフォッサマグナ超え

父が亡くなってから…と言うかその前後でパソコン通信を始めました。
めちゃくちゃ面白かったです。
インターネット全般の中でパソコン通信は秩序がありました。
宝塚を通して友だちができていきました。
チケットを融通しあうこともありましたしオフ会もありました。
…別れてしまいましたが夫も出来ました(苦笑)

名古屋を飛び出して関東に出てきて…
やりたい放題でした(苦)
まぁムラと比べるとチケット難ですがね

まぁ埼玉北部から徐々に南下して
東京宝塚劇場客席に座るまで玄関でてから1時間かからない
なんて恐るべきお家にも住みましたが。

そしてこれから

さぁ100周年と言う今年
私はなぜか神奈川県西部、新宿に行くにも1時間かかるところにいます。
昨年はじめて新人公演観劇して帰宅するとほぼ日付変更線でした。
正直状況的には今まで1番恵まれていません!

でも、体と心の許す限りこれからも観続けたいと思っています。
私ひとりのことではなく会ったこともない祖母、80歳ぐらいになって存命ですが独身を貫いたおば、大切な父の宝塚への思いを1人で背負い込んでしまったので。
私もまだ考えるには早いでしょうが、いつか次の誰かにこのバトンを託したいのですが多分子供を作ること無く人生を終えるのでさて誰に託しましょう。

歌劇団がどういうつもりだったのか(ってか私の事情なんて歌劇団には関係ないのですが)
昨年うたかたの恋、風と共に去りぬと私の大切なキッカケだった作品を上演した上に…ハローミュージカルプロジェクト(宝塚ではありません)で王様と私を観る機会にも恵まれ、うたかたの恋と王様と私は夫と一緒に観ることが出来ました。それはもう私の中の宝塚100週年が昨年終わってしまったかのような出来事でした(って王様と私は全然宝塚のこととは関係なくただただ、一路の王様と私を父と一緒に見られなかったためにずっと終わることのない宿題だったのですが)

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